中皮腫でも納得した人生を生きる/九州キャラバン講演録

山口県萩市 黒木公明

山口県の萩市に住んでいますが、私の生まれは福岡・小倉の隣の八幡です。今は山口の萩に住んでますけど、仕事の関係で転勤等いろいろありまして、萩のほうに永住ということで落ち着いています。北九州も、私もまったく知らない町ではないんですけど、その頃から言うともう40年〜50年になりますので、けっこう北九州も変わりました。

私が中皮腫を発症して2年。2年前の平成29年8月。私もその当時はまだ働いていましたので、8月に社内健診がありまして、右胸に水がたまっているということで、精密検査を受けてくださいと言われました。当初は、「胸水って何のことだ?」っていうようなことであまり気にもしてなくて、楽な気持ちというか、何でもないだろう、なんとかなるだろうっていう思いで、萩市内の内科で検診を受けました。

そこで調べてもらって、CTを撮ったりMRIを撮ったりして調べました。胸水があるということで検査のために1泊入院で水を抜きましょうということで水を抜いて調べたところ、「地元の病院ではちょっと対応ができない」ということで、山口の国立山口宇部医療センターへ行きました。

そこで、当初2週間くらいの予定で入院をして詳しく調べましょうということで、検体検査したところ、「悪性胸膜中皮腫」だということで診断が下ったんですけど、病名を聞いたときには全然わかりませんでした。なんのこっちゃ、どういう病気なんだろうかということで、先生に「何でこんな病気になるんですかね」って聞いたら、「アスベストの関係の仕事をされましたか?」と。要するに、建築現場とかそういう所で働いてましたか?と言うので、「そういう所にはまったく経験がないんですけど」と話しました。原因は他にあったんですけど、当時は思いつきませんでした。

まったくわけもわからない病気、要するに聞きなれない病気になりまして、じゃあどうしますか?こうしますか?という先生の話の中で、そのとき私はちょうど70歳だったんですけど、「黒木さんの年齢と体力であれば手術は可能ですから、手術をしたほうがいいでしょう」ということで、その当時「じゃあどうされますか?」っていうことで、手術をするかしないかとか、いろいろ話をして、これはやっぱり本人が決めることなのですが、知識もありませんし、何がどういう病気かも…やっぱり先生に言わせれば、「体力もあるから、手術したほうが今から先はいいんじゃないかな」ということなんで、先生にお任せしますということで、胸膜剥皮の手術をしていただきました。

手術のあとの傷が痛いとか、死ぬほど痛いとかいう方も中にはいらっしゃったんですけど、おかげさまで私の場合はその痛みが全然なかったです。手術のあとの傷の痛みというのはまったくなくて、本当に周りから痛がってる方の話を聞くと、かわいそうだなぁと思いながらも、自分が全然そういう痛みがなかったので、それは本当に幸せな、痛みを経験せずに傷が治りました。

手術のあとは4回の抗がん剤の治療ということで、私の場合はだいたい3週間に1回、それから4週間に1回とかいうパターンで抗がん剤治療を行いますということで、アリムタ、シスプラチンの抗がん剤をだいたい4回、4ヶ月治療しました。

ところがこの抗がん剤、髪の毛は抜けなかったんですけど、ちょっと食欲不振と倦怠感がありました。それと1週間に1回ほど血液検査をするんですけど、採取すると血小板の値が下がっています。なかなか血小板の数値が上がらなくて、輸血をしなければいけませんということで、血小板の輸血を、4回のクールの中で2回しました。それでいくらかでも良くなるのかと思ったんですけど、それからずっと2年ほどになりますが、今も治療のために血液検査をしてもらいます。手術からあとは血小板の数値は平均値よりも常に低いです。低いとは言っても我々素人から見れば、例えば10〜20の間が平均値であれば…まあ、その中であればいいんですけど、でも8だ、9だということになると心配ですよね。

先生がおっしゃるのには、「これくらいの低さだったら問題ないから」っていうようなことで、血小板に関してはそれからずっと、以前からもそうだったのかもわかりませんけど、今は平均値までいくことはまずないです。だけど「低いからといって心配しなくてもいいですよ」というようなことで、今はずっとそういう状態が続いておりますけど、元気でおるのでそれでいいかなというようには思っております。

抗がん剤の治療のときに何が苦しかったかと言いますと、倦怠感と食欲不振。やっぱり物が食べられないというのは、私の場合はひどかったと思います。病院食なんてとんでもない。とんでもないって言ったら怒られますけど、喉を通そうと思っても、なかなかその気にならない。本当に喉を通らない。かと言って何も食べないわけにもいきませんから、喉を通りやすい物ですよね、スッと通る麺類とか栄養飲料、飲料水を流し込むというか、そういうことで柔らかい物を主体にしました。また流動食を主体に、栄養食に代わる物を食べたり飲んだりということで、ひどいときにはそれで過ごしました。

それと、ちょうど時期が冬だったものですから、冬の果物で一番よく食べたのはいちごですね。いちごはよく食べました。娘が買ってきてくれて、いちごはよく食べました。そういったことで栄養を摂ってということで、自分なりに過ごしてきたんですけど、もう抗がん剤治療は二度としたくないですね。

手術から半年で退院しまして、それから1ヶ月に1回の外来検診を受けたんですけど、半年経ちまして、30年の11月ですかね。30年の4月に退院して、30年の11月に、一度CTを撮りましょうということでCTを撮りました。そのときに「黒木さん、ちょっと気になりますね。再発かもですね」っていうことで、7mmくらいの腫瘍ができてました。「まだまだ小さいですから、そんなに心配することじゃないですよ」、ということだったんですけど、治療のために一度入院してくださいっていうことで、その年の12月の中ごろにちょっと入院しました。治療方法を決めましょうということで、先生の方とすれば「今までやってきた抗がん剤を続けましょうかね」ということだったんですけど、先ほど言いましたように、もう抗がん剤はしたくなかったもんですから、「他にはないですかね」っていうことだったんです。

そのときには皆さんご存じのように、中皮腫の病気の方も、その年の8月でしたかね、「オプジーボ」の治療もできるということで、その話も出ました。同じ患者として医療センターにおられた方もオプジーボを選択して治療をやってた方がおったんですよ。その方に、こういうことなんだけどっていうことでいろいろ話を聞くと、まあこれも人それぞれにあると思うんですけど、その方は「全然副作用がないですよ」と。まったく何もないということで、「それはもうそっちのほうがええよ」というようなことで。そうしますと、やっぱり合うか合わないかは別にして、副作用が少ないというのは、やっぱり患者としてはそういう方向に傾きますよね。なので、「先生、私もオプジーボでできるのであれば、オプジーボで治療したいんですけど」ということで、先生と相談した結果、オプジーボでやってみましょうということでいま現在続いております。

オプジーボを選択したのはよかったんですけど、やっぱり素人なんですかね、免疫的にまあ、オプジーボは免疫療法ですよね。私の体の中に、皮膚病の感染というのがありまして、それと軽いリウマチがあったものですから、そのオプジーボをやって、経過が良かったからということで、じゃあということで入院してオプジーボをして「経過がいいですからいいですよ。いつでも帰ってください」っていうことで、オプジーボをして10日ほどで退院しました。

「正月に間に合った」というようなことで喜んでいたんですけど、年が明けて1月、膝が痛いというか、杖をつかなきゃ歩けない、ベッドから起きるのにも自力では立ち上がれない。それでちょっと見ると体中に湿疹ができました。これはオプジーボをやったからということではないんでしょうけど、やっぱり同じ免疫のことなので、体の中で喧嘩してるんじゃないかということで。膝が動かなくなったのは薬で治りまして、そのときも薬は飲んでいたのですけど、ちょっと量を増やしましょうということで量を増やしてもらったんです。リウマチの薬をですね。

そしたら、何週間かしましたらそれは治りました。今でも足は動きますし、歩くのもできます。ただ、湿疹はなかなか治りません。その当時は全身に出てたんですけど、今は上半身のほうはある程度治ったんですけど、治ったというよりも影が薄くなったという感じです。赤みが薄くなったというか。今も下半身にはけっこう出てます。出てますけど、当初のようなことはなくて、赤みも少し薄くなってるものが、まだ下半身のほうにはあります。それは皮膚科の先生と、医療センターの先生と連絡とっていただいて、じゃあということで、今も皮膚病の薬は飲んでますけど、なかなか思うほどには治らないんですけど、以前と比べてはだいぶ良くなってます。

じゃあオプジーボをやめるか、やめれば湿疹が治るかなと思うんですけど、オプジーボをやめるか皮膚病をやめるか、どちらが大切かと言われれば、やっぱり胸膜の治療のほうが大事なんで、それは今も続けています。

そういったことで、現在は皮膚病を持ちながら、薬も飲みながら両方の治療をやってるわけですけど、今は月に2回2週間ごとに外来診察を受けて、オプジーボも毎回行っておりますけど、今月(10月)の4日に治療を受けまして、22回のオプジーボを経過しております。これから、今の予定であればずっとこのペースでオプジーボの治療を行っていくと思います。

先月4日にCTを撮っていただいたんですけど、最初に7mmだった腫瘍が、今は3倍の22mmくらいになっています。それで先生に「これでこのまま大きくなったらどうなるんですかね…息ができなくて苦しくなりますよね」とか、いろんな話をしたんですけど、先生がおっしゃるのには、私の場合は少し経過というか、進行が緩い、ゆっくりだから、そんなに慌てて今どうこう言うことはないと思いますよ、ということなので、その言葉で少し安心したというか、安心ではないですね。「まあ、そうかなぁ」とは思って、自分なりに「まあ、いいか」ということで納得はしてるんですけど、大きくなっているということ自体は、ちょっと実際は不安ですよね。どこまで大きくなるのか。

それと患者さんによって違うらしいのですけど、腫瘍が数多くできているパターン。3つも4つもとか、周りにできているパターンがあるのに対して私の場合は1ヶ所だけなんで、私の担当の先生が言うには例が少ないと。「3ヶ所も4ヶ所も周りにずっとできてる方もいらっしゃいますよ。黒木さんみたいに1ヶ所というのは、私の経験では例がないですね。だからまだまだ大丈夫ですよ」という言葉をいただいてはおるんですけど、先ほども言いましたように、大きくなっていることがちょっと現在は、不安と言えば不安です。

じゃあ、それは前みたいに取れないんですか?取れれば取ってくださいよと言ったんですけど、「それはできません」と。もう、1回手術してますからね。もうそれはできませんよっていうことなもんで、それに納得というか、受け入れるしかないかな、ということで生活をしています。

と言いましても、なったものはどうこう言ってもしょうがないので、今の気持ちとすれば、我々のこの病気というのは、今の状態を維持できればそれでいいかなと。それをよしとしないと、元に戻るものでもありませんし、今の状態が横並びでいけばそれはよしとしないといけないっていうことじゃないかなということで納得というか、それで生活をしていくしかないなというふうに思っています。

ずっと働いていてなかなか朝から晩まで働いている間というのは、現役の間というのは余暇の時間とかそういったものもなかなかなかったので、もうこの際、そういったときの分の時間を取り戻そうかなというふうに思っています。

去年、正式に会社を辞めまして、今は家で、女房と2人で日々過ごしておりますけど、地域のクラブがあるんですけど、クラブに入りまして月に1回いろんな催し物があります。グランドゴルフに行ったりとか食事会に行ったりとか、日帰りの旅行とか。走ったりはできませんけど、グランドゴルフとか。そういったものの催し物があります。それには時間が許す限り積極的に参加して、体づくりと、自分の気分を、気持ちを謳歌しようということでそういったイベントに参加して、いろんな方と話をしたり、いろんなことで過ごしております。

また日課として、天気のいいとき、雨の降らないときなんかは、走ることはちょっと無理ですけど、ウォーキングを日が暮れて涼しくなった時間を見計らってやっています。だいたい1時間から2時間ぐらいのペースで、5000歩から6000歩、多いときには1万歩ぐらいを歩いてちょっと汗をかいています。やっぱり手術をしたあとは体力が落ちるんですよね。

先ほどもありましたように、皆さん方も一緒だと思うんですけど、この病気というのはいつどうなるかわかりませんし、まだまだ医療も確立していない病気ですので不安はあります。皆様方と一緒で、私も不安はあります。だけど先ほども言ったように、なったものはしょうがないです。「しょうがない」では済まないんですけど、だからといって取り戻すことはできませんから、やっぱりこれからの残り少ない人生と言っちゃおかしいですけど、やっぱり楽しく生きるしか、自分が納得した人生を生きるしかないかな、というふうに思って、日々を過ごしていくしかないかなと。そういうような気持ちで、今は日々を過ごしております。

皆さん方とも同じことだと思いますけど、無理をせずに、いくらかは無理をして、やっぱり体力はつけないといけませんけど、無理をする一歩手前でやめて、まったくキツイことは少し手前でやめて頑張っていけたらな、というふうに思っております。