下を向かずに上を向いて胸膜中皮腫と向き合う〜手術・放射線・抗がん剤を経験して

北海道小樽市 勝沼範和

私は北海道小樽市に在住の57歳です。平成28年12月7日に悪性胸膜中皮腫との診断を受け、地元の北海道で治療を受けるか、遠い山口県まで行って治療をするか、すごく悩みましたが宇部医療センターの先生の詳しい説明も頂き、山口県宇部市の山口宇部医療センターにて治療を受ける決意をしました。先生から、「経験豊かな医師の手術と経験の少ない医師の手術どちらを選択しますか?」という問いかけが、ずしんと心に響きました。

その後宇部医療センターで左肺全摘出手術・放射線治療・抗がん剤治療を行いました。当時のことから現在までを記憶をたどりながら書きます。平成28年12月に告知を受けた時は目の前が真っ白になり何のことなのか、事実をなかなか受け入れられませんでした。中皮腫というがんなんて初めて聞く病気で不安があり、死を意識せざるを得ませんでした。

ネットで検索をしても、良い事は一言も書いていませんでした。そんな不安を持ちながら平成29年1月に入院しました。手術は平成29年2月14日に左肺全摘出手術を受けました。その日はバレンタインデーでしたが、チョコをもらえずにメスをいただきました。 

手術の時は、息子と娘が有給を取ってわざわざ遠い北海道から山口までお見舞いに来てくれました。約9時間の手術の終了を待ち、手術の結果も聞いてくれて、手術後も一週間くらい私に付き添ってくれました。正直、手術は不安で万が一の時のことを思い、子供たちに今後を託して手術に向かいました。

手術は無事に終了し、元気に回復でき安心しました。ただ、肺が片方しかなく現在でも入浴後、階段の昇降時には息苦しくなります。また、手術にて筋肉や神経、肋骨を切除しており、後遺症で左腕の可動域が狭くなり、腕が肩より上に上がらず、左脇の痛みも残っています。その後、平成29年4月から5月にかけ放射線治療を行いました。照射は28回でしたが、照射の時間よりも準備の段階での照射の位置合わせの型枠作りやマーキングの為に、1日約3時間ほど、5日間行ったのが一番苦しかったです。

なんせ上がらない左腕を痛いのに無理やりあげさせられ、動くことも許されない時間でした。もし、動いて位置がずれるとまた最初からやり直しになってしまいます。放射線治療中は嘔吐感や嘔吐があり、食事もできない日が何日もありました。放射線の医師からは食道の際を照射しているため、今後嚥下障害が出る可能性もあると言われました。放射線治療後すぐに抗がん剤を行う予定でしたが、長期の入院となり、ホームシックになり抗がん剤は北海道の病院で行うこととなり、6月に退院、北海道に帰りました。

平成28年8月に抗がん剤治療のため、北大病院へ入院しました。検査後に抗がん剤治療開始の予定でした。しかし、医師との話の中で宇部医療センターの先生からは「抗がん剤は再発の予防として治療する」と聞いていました。

しかし、北海道の病院の医師からは「抗がん剤は再発後に行ったほうがいいし、確実に再発する」と言われ、不安となり、宇部医療センターの先生に相談しました。結果、北海道の病院を退院し、再度山口での抗がん剤治療を決めました。おかげさまで労災認定もされ、診療に伴う交通費も支給されて経済面では助かっています。

平成29年10月に宇部医療センターにて抗がん剤の治療を行っています。治療は6クール行う予定でしたが、白血球の中の好中球の数値の回復が思った以上に遅く、元の数値に戻るまで通常は10日位で戻るのに私は約1ケ月かかり、抗がん剤治療はこれ以上は無理との判断で1クールでドクターストップがかかりました。

今後はもし再発をしたら、その時に考えましょうと言われ、北海道に戻りました。抗がん剤の治療中も嘔吐感や嘔吐がありました。体がだるく動くのもようやくでした。

現在、経過観察は北海道の別の病院で診てもらっています。抗がん剤・放射線の後遺症のせいか喉の通りが悪くなっています。また食事も未だに食欲不振・吐き気があります。食事は分食にしたり、おかずを小さくする等の工夫をしています。

先日、糖尿病も見つかり、インスリン治療を行うことになりました。病気は他にもありまして、右目が以前、網膜剥離になり5回の手術をしましたが現在は失明寸前の状態です。見えるほうの左目も先日網膜裂孔が見つかり網膜光凝固術というレーザーでの手術を受けました。糖尿病との因果関係はないらしいです。今年に入りいろいろと病気が見つかっています。まるで病気の総合商社みたいです。

一年に一度、宇部医療センターの先生に診てもらっています。今年も、8月28日に診察を受け、CT検査の結果右の肺に小さな影が多数見つかり、再発の可能性が高いが治療をするほどの大きさでもなく消えることもあるので経過観察してくださいと言われています。「え?再発?」と、正直ショックを受けました。もし、再発ならまた家族に心配をかけるし、またあの治療を受けるのかと思うと気持ちが沈んでしまいました。

北海道の病院に宇部での診察結果を伝え、今後の治療も話しました。もし、再発が確定したら最初に抗がん剤治療をし、その後オプジーボでの治療をすると言われています。現在はまず、糖尿病の治療を優先し血糖値が下がったら治療ができる見込みです。オプジーボの効果は人それぞれですが期待したいです。

話は変わりますが、今年の春に建設アスベスト訴訟の原告となり、大阪での訴訟に原告として参加させていただく事になりました。裁判なんて自分の人生には無関係だと思っていました。今回、大阪の建設アスベスト裁判の第2陣原告に参加させていただきましたが、私は建設関係の仕事はしていませんでした。

営業職でしたが、たまたま建設現場にも出入りをしていてその際にばく露し、中皮腫を発症しました。今回は国と建材メーカーを相手に訴訟をおこしましたが、遠い北海道からですので頻繁には大阪へは行けません。弁護士の方と電話やメールで何回も聞き取りを行い先日9月20日に初めて法廷に立ち原告尋問を行いました。テレビで見た裁判に自分が経験するなんて思ってもみませんでした。

やはり、国側の弁護士や関係者からは鋭い質問もありました。今回の裁判を体験しましたが、この裁判は絶対に勝ちたいと思っています。やはり、国や建材メーカーは責任をきちんと認め、正式に謝罪と賠償をしていただいきたいと思っています。判決が確定するまで闘って行きます。

最後に、私も同じ中皮腫になった方々やその家族の方々に力をもらっています。私も、ブログにて色々と書かせていただいています。もし良かったら「北海道の中皮腫患者」で更新していますので、覗いてみてください。

同じ病気で悩まれている方も多いと思います。確かに大変な病気かもしれませんが、下を向かずに上を向いて笑って中皮腫と向き合いましょう。

私の好きな言葉は先日、くしくも旅立たれた栗田さんの「明るく元気にいこうぜ!」です。私は中皮腫の完治を目指し、裁判にて国の責任を認めさせるよう頑張っていきます。この文面にて思いが伝われば幸いです。

腹膜・心膜・精巣鞘膜中皮腫におけるニボルマブ(オプジーボ)使用についての署名のお願い

胸膜中皮腫のセカンドラインの治療薬として、昨年、ニボルマブ(オプジーボ)が保険適用薬として使用されるようになりました。
一方、胸膜中皮腫以外の腹膜等の中皮腫(腹膜、心膜、精巣鞘膜)の患者は非該当とされたままです。
腹膜等の中皮腫患者は、胸膜中皮腫に準じる治療を受けています。
私達は、腹膜等の中皮腫患者にも胸膜中皮腫と同様の治療の選択肢を一日も早く認めて頂きたいと願っています。
この切実な思いを以下の要望にまとめ、政府、薬品会社、医療者の皆さんに届けたいと思います。
できるだけ多くの中皮腫患者の方々にこの要望に加わって頂きますようお願いいたします。同時に、患者家族をはじめ、多くの皆さんにご賛同の署名を頂きますようお願いいたします。
2019年6月7日
中皮腫サポートキャラバン隊
共同代表 栗田英司・右田孝雄