私の闘病〜無治療という選択

兵庫県 藤原妙子

私は、中皮腫と診断されてから3年半、ほぼ無治療で過ごしてきました。経過観察のため毎月の血液検査と2ヶ月に一度のレントゲン検査を受けています。腫瘍マーカーは上がっていますが、Ⅹ線やCT画像上はほとんど進行なく現在に至っています。私なりの生活改善の方法を振り返りたいと思います。

 ≪病状の経緯≫

2015年11月 職場の人間ドックで右胸胸水の指摘される。

12月 神戸市内の病院で外科的生検を経て悪性と診断される。

2016年 1月 病名 悪性胸膜中皮腫と診断され、中皮腫の権威である大学病院を勧められ転院。

2月  上記大学病院においても悪性胸膜中皮腫と確定診断。上皮型病期Ⅱb〜Ⅲ期。

4月 抗がん剤を受けないことを決め、医師に伝える。その場合の余命は8ヵ月との宣告を受ける。

9月 手術について検討するため、セカンドオピニオンを受けるべく上京。この時期に家族の会のお世話になる。セカンドオピニオンの結果、手術はしないこととした。

10月 尼崎総合医療センターに転院。 

2017年 3月  1年余りを無治療で過ごした状況で今後の治療について検討している時に、独学でがんについて研鑽し、無治療を推奨している鍼灸師の先生を知る。生活指導を受け、以後も無治療で行くことを決断。

2018年 1月 それまで安定していた胸水が増加傾向にあるとの指摘、ドレナージで胸水の排出と同時に患部への抗がん剤投与を勧められるが、通院している病院の漢方内科にて漢方薬の処方を受けたところ奏功し、胸水はその後大きな増減なく経過。

◆無治療を選択した経緯

 ほとんど知識のない中皮腫という病気の宣告を受け、毎日パソコンに張り付いて病気のことを調べていました。希望を見い出せるものはなく、予後が悪い、治療をしても効果が薄い、余命についてもその頃は2年生存率30%、5年生存率に至っては数%と書かれていました。1年前の人間ドックでは何の指摘もなかったのに1年でこんな状況になったということから、自分の中皮腫は進行が速いに違いないと考えたりもしました。

 振り返ってみて自分が無治療でここまで来れたのは、「適切なタイミングで個人的に適切な書物や指導者、同じ病の同志と出会えたこと」、「この病気を治すというよりは、『共存』とか『現状維持』という考え方にシフトしたこと」などがあげられます。

 3年半前、素人なりに中皮腫のことを調べ、その怖ろしさを120%理解して、この病気の権威とされる病院に転院をしました。ここで治療をするのだと、前向きな気持ちを奮い立たせて訪ねましたが、初めて会った医師からはとても冷ややかに、混んでいるので入院は数ヵ月先になると告げられました。

 本当にそんなに放っておいていいものかという不安もあり、またまたネットや書物でいろいろ勉強をすることになりました。生検からの怒涛のような日々、人生最大の絶望、闘病と死の恐怖、自分亡き後の家族の心配まで、それらすべての熟慮の果てに、自分が今どうしたいか、何を望むかを悟りました。それまでは、もし自分の余命が短いとなれば世界一周旅行をしたいとイメージしていましたが、現実にそうなった時、私はできるだけ今の生活を続けたいと強く思いました。

 家族のご飯を作って、大好きな仲間と共にこれまで通り仕事をしていたいと思いました。そんな日常のほとんどを遮断して入院し、効くとも限らない抗がん剤に苦しんで、効いたとしても長くはないかもしれないなら、今の生活をできるところまで続けたい、と。それが私の希望であると自覚し、人間の究極の希望はささやかなものなんだと妙に納得しました。ほぼ治らない病気であるということを受け止めた上の、まぎれもない私の心の叫びでした。

 ただ、抗がん剤をしないという選択肢が頭をかすめても、それを決心するまでは容易ではありませんでした。迷いに迷った頃に、あるテレビ番組で「免疫力をアップして、がんを予防する」という内容の放送がありました。紹介されていた免疫アップのポイントとしては、「温浴で身体の芯まで温め免疫を上げる」ことと、「免疫は腸が7割、心が3割。とにかく腸を元気に保つことが大切」という点でした。

 抗がん剤で健康な細胞をやられてしまうよりは、自分の免疫で闘ってみるのはどうだろう。少なくとも今は元気なのだから、まだしばらくは変わらずに過ごせるだろうと、どんどんその方向に心が傾いていきました。また、同時期にがん体験者の方の話を聞いたり、体験記のようなものをいくつか読みました。それらに共通していたのは、食事や運動、身体を温めることの大切さなどでした。結局は当たり前の健康法を心がけることなのだと、迷っていた私の背中を押してくれました。

 もうひとつ、私に大きな影響を与えてくれたのが、『がんで余命ゼロと言われて14年生きた私の死なない食事』という本です。タイトルどおり、前立腺がんで余命ゼロ、緩和ケアを残すのみと宣告されたフランス料理のシェフが、食事の大切さに目覚めて始めた食事療法が書かれています。私にはここまで徹底はできないとも感じられましたが、実際にそのシェフは14年生き、その内容については教えられることが盛りだくさんで、私のその後の食生活のバイブルとなっています。そのようなものも含め、補完代替療法として次のようなものをしています。

◆補完代替療法

①温浴療法 入浴は熱めのお湯に15分浸かる。温まったと感じても短時間では体の表面しか温もっていない。目安は頬ではなく額に汗をかくまで浸かること。思えば病気になる前、湯船には浸からない日が多かった。

 ラジウム温泉がいいということで闘病の1年目には休職して、1ヵ月間温泉に湯治に出かけた。その後も岩盤浴や近くの温泉など、趣味のように楽しんでいる。

②漢方薬 胸水が増えたときに知人から助言をもらいはじめた。総合病院でも漢方内科のあるところは少ないが、私の通う病院にはたまたま漢方内科があった。きっとこれも巡り合わせと受診した。漢方薬は粉剤とかではなく、まさに何かの薬草の葉や実などの生薬を鍋で煮て飲む薬なので、もちろんこの上なく不味い。当初は漢方なのでじっくり効くのだろうと思っていたが、すぐに効果が表れたので驚き、不味くてもなんとか続けられていると思う。私は西洋医学的には腎臓に異常はないが、東洋医学でいう腎の働きには問題があるそうで、水の排泄の機能にアプローチする処方をして下さったとのこと。まったく医学は奥が深いものだと感じている。

③食事療法 とにかく腸の元気を心掛けている。毎日便の観察をする。昨今、免疫は腸からということがあちこちで言われ、今や常識となりつつある。その他具体的には、

●アルカリ性の食事をする ガンは酸性体質が大好きだそうである。野菜、豆腐、果物などのアルカリ性の食品をしっかりとる。厳密ではなく、肉をたくさん食べたらその後は野菜中心の食事というように、なるべくアルカリになるよう気を付ける程度。先のフランス料理のシェフは昔ながらの和食が理想的と言っている。

 暖かい季節は、朝ミキサーで野菜ジュースを作って飲む。レモンとバナナを入れれば野菜は青菜類や人参トマトなどなんでもOK。その際は牛乳ではなく豆乳を入れればアルカリ食品である。今年からぬか漬けも始めた。ぬか漬は本当に神からの贈り物と感じる素晴らしい食品である。

●ねばねば系の食品 納豆、オクラ、モズクやめかぶ、長芋等。免疫アップNo.1食品はニンニクといわれるのでニンニクはなるべく毎日摂るようにしています。

●身体の健康を維持するのは体内酵素の役目。その働きで病気にならないようにしたり、体内の毒を排泄したりしている。酵素が足りなくなると病気になるので体内酵素を多く維持することが大切。酵素は生の食品に多く含まれるが、食品からだけでは不足するのでサプリメントで補う。酵素はさまざまな食品を高温加熱せず発酵させたものであること、長期間熟成されたものであることが重要なポイント。

●添加物や農薬が体内に入っても、すぐ弊害がないのは身体が浄化しているから。その時に酵素が使われるため酵素が減退する。なのでできるだけ無添加や低農薬を心がける。調味料は添加物だらけだそうで、14年生きたシェフの教えから、調味料は毎日使うものなのでなるべく無添加のものを使う。世の中は添加物だらけなので、時間が許せばいろいろな食品の手作りを心掛けている(ドレッシング、ジャム、ピーナッツバター、お菓子など)。

 食事療法については、やればどこまでもキリがなくなかなか骨が折れます。そして、そのこと自体がストレスになるのはよくないので、自分が楽しんでできる範囲で頑張ることと考えています。私は友人との食事の時などは、気にせず食べたいものを食べ、普段の食事は大変でも、「頑張る努力で半年でも命が延びるならどうする?」と自分に問いかけながら頑張っています。

 この3年半を振り返って言えることは、無治療の私が3年半もの間、ほとんど進行なく仕事も続けながら過ごせていることは決して偶然ではないということです。風邪をひくと長引いたり、以前のように走ることはもうできない時などに、やはり病気だと思い知ることはあります。本来なら受けなければならない治療を受けていないということは、常に心の隅に気がかりとしてあります。そこでどうするか、私は何をするのか?その思いが、かなり骨の折れる食事療法を支えてくれているように感じます。

 以前同じ病気の同志の方が、治療をする、しない、一人の人間で二つの道を同時に試すことはできない。ならば自分の信じる道を行くことが一番と言って下さいました。思いがけず無治療という選択肢があることに気づき、背中を押してくれる記事や書物や先生に出会えたことはある種の偶然ではありますが、結果として変わらずに過ごせていることは私なりの生活改善の結果だと思っています。

 食事は本当に大切です。少し食に気を配ることは標準治療をしながらでも体調が悪くない時にはできると思います。いい便が出ていますか?もし少しでも私に関心を持っていただけるなら、今までより少し気を付けて見て下さい。

 「がんは治せなくても冬眠させることはできる」。私の尊敬する先生の言葉です。

 病気になる前と変わらず食事を作り、美味しいねと言いながら家族と食べている時、これでよかったと感謝し、十分に満足している自分もいますが、もし許されるならば、まだまだ中皮腫には冬眠してもらったまま過ごしたい。そして私が長期生存者の栗田英司さんに出会った時にこんなに長く生きている人もいるのだと励まされたように、私もいつか誰かの励みになれることを目標に、今日も超絶マズイ漢方の生薬を煎じて飲み、野菜中心の食事作りに励みたいと思います。

 最後にこの機会をお借りして、日ごろの闘病を支えてくれている職場の上司や同僚、多くの友人達、心配しながらも私の選択を尊重してくれた家族に、そしてこの病気になった苦しみを分かち合い共に考え闘うということを教えてくれた同じ病の同志の皆様、家族の会の皆様に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

腹膜・心膜・精巣鞘膜中皮腫におけるニボルマブ(オプジーボ)使用についての署名のお願い

胸膜中皮腫のセカンドラインの治療薬として、昨年、ニボルマブ(オプジーボ)が保険適用薬として使用されるようになりました。
一方、胸膜中皮腫以外の腹膜等の中皮腫(腹膜、心膜、精巣鞘膜)の患者は非該当とされたままです。
腹膜等の中皮腫患者は、胸膜中皮腫に準じる治療を受けています。
私達は、腹膜等の中皮腫患者にも胸膜中皮腫と同様の治療の選択肢を一日も早く認めて頂きたいと願っています。
この切実な思いを以下の要望にまとめ、政府、薬品会社、医療者の皆さんに届けたいと思います。
できるだけ多くの中皮腫患者の方々にこの要望に加わって頂きますようお願いいたします。同時に、患者家族をはじめ、多くの皆さんにご賛同の署名を頂きますようお願いいたします。
2019年6月7日
中皮腫サポートキャラバン隊
共同代表 栗田英司・右田孝雄