絶望と希望の狭間で(腹膜中皮腫の治療)

絶望と希望の狭間で(原 修子)

東日本大震災直後の2011年5月、私は子宮頸がん2b期と診断されました。この時点で腫瘍は若干、骨盤まで浸潤していた為に手術は適用外となり化学療法として中皮腫の治療にも使用されているシスプラチンを単体で6クール行いました。

また化学療法と並行しながら放射線治療として外部照射を30 回、膣の中に専用の器具を入れ直接、腫瘍を焼く膣内照射を4 回、行いました。そしてこの放射線治療の影響により子供の産めない身体となりました。一度目の絶望です。

通常の癌では5年間、再発や転移がなければ完治とされます。子宮頸がん発症から5年を目前にした2016年3月。腹水貯留を認めるようになり子宮頸がん再発の疑いにより腹水採取による病理診断を実施。この時点で異常は認められず経過観察となりましたが5月末より右側卵巣に腫瘍を認めるように なり8月に生検を実施した結果、2016年9月、腹膜中皮腫と診断され平均余命2年と宣告されました。

2度目の絶望です。

腫瘍は右側卵巣から横隔膜に沿って浸潤しており手術は適用外。
10 月よりシスプラチン+アリムタを3クール実施、3クール目でシスプラチンに よるアレルギー反応が出てしまったため、その後はアリムタ単体 3 クールの合計 6クールの化学療法を行い経過観察となりました。中皮腫と診断され絶望の淵から私を救ってくれたのがブログという世界でした。そこには中皮腫と診断されながら10年以上も闘病生活を送っておられる方もおり、あと2年しか生きられないであろうと思っていた私には嬉しい衝撃であり希望が持てた瞬間です。

私が同病の方と初めて会ったのは2017年6月のことです。以前からブログ内で交流のあった右田さんの呼びかけにより中皮腫患者7名、ご家族6名が集まり【中皮腫・同志の会】を開催しました。当日は治療法や民間療法についてなどの話をし、有意義な時間を過ごすと共に【自分は決して一人ではない。】と思えるきっかけとなりました。患者会に入会したきっかけは2017年8月のジャパンキャンサーフォーラムへの参加です。交流会の席で患者会の皆様と交流を持たせて頂き、ご縁あって9月に入会する運び となりました。患者会に入会してからは病院周りや戸別訪問、講演会などで全国各地へ行かせて いただくようになりました。

このような活動を通して私が強く感じたのはアスベスト問題があまりにも周知されていないという事です。これから先、患者数は減るどころか増加傾向になります。そうなった時、私たちに何ができるでしょうか?
何が求められるでしょうか?

2018年11月。
腹膜中皮腫再発。11月下旬よりカルボプラチン+アリムタの化学療法を6クール行う予定となり現在3クールが終了しました。

副作用としては 1 回目の抗がん剤投与後に排便ショックを起こし血圧、体温の低下に伴い気を失う事などもありましたが、現在は軽い倦怠感と食欲低下。そして一番つらいのがカルボプラチンの副作用ではあまり見られないという下痢に日々、悩まされています。

食事は基本、消化に良いものを摂取するようにしていますが【食べられる時に食べたい物を】をモットーにしています。また下痢については、医師からビオスリーとロペラミドを処方してもらい対処しています。

前回のCTの画像では肝臓の肥大、血液検査でも肝臓の数値の悪化が指摘されているので今後の検査によっては治療法なども変更になるかもしれません。

今、私は3度目の絶望の中にいます。これから辛い治療生活の再開です。 講演会で私が毎回、口にする言葉があります。 【辛い】という字に【一】を足すと【幸せ】という文字になる。だから辛い時こそ自分に出来る何かをして欲しい… 今、私が出来ることは患者として声を上げることです。この声を絶やすことのないよう声を上げ続けたいと思います。